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東京高等裁判所 昭和28年(ネ)1313号 判決

控訴人 被告 東北電力株式会社

代理人 鈴木於用 外一名

被控訴人 原告 沢中銀吉 外二一名

訴訟代理人 玉井潤次

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は、末尾添附の別紙被控訴人欄記載の各被控訴人に対し、各第三欄記載の金額、並びに、第一欄記載の金額に対する昭和二十三年十一月十四日以降及び第二欄記載の金額に対する昭和二十七年十二月十日以降、それぞれ完済にいたるまで、年五分に相当する金員を支払え。

被控訴人らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共全部控訴人の負担とする。

この判決は仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、並びに証拠の提出、認否、援用は、次に特記するほか、いずれも原判決の事実欄に記載するところと同一であるので、ここにこれを引用する。但し原判決には次のような違算、書損、その他これに類する明白な誤謬があるので、職権をもつてこれを更正する。

(一)  原判決三枚目裏三行目及び同七行目に、被告並びに脱退被告の代表者代表取締役として、「内ケ崎贇三郎」とあるは、「内ケ崎贇五郎」の誤記である。

(二)  原判決四枚目表一行目に、「中沢銀吉」とあるは、「沢中銀吉」の誤記である。

(三)  原判決主文第一項によれば、被告に対し、原告沢中銀吉に対して金十四万三千七百八十四円七十銭並びにこれに対する昭和二十三年十一月十四日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員の支払を命じ、事実の摘示によれば、原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求めた旨記載されているが、右「金十四万三千七百八十四円七十銭」とあるは「金十四万三千七百八十九円七十銭」の誤記であることは、原判決の理由の記載並びに記録編綴の訴状、「請求の趣旨拡張の申立」と題する書面及び昭和二十七年十二月九日の原審口頭弁論調書により明らかである。

(四) 原判決添附の別紙損害額一覧表中、(八)原告目崎幸作分、(5) 「十七万七百八十八円五十銭」とあるは、「十七万七百八十八円」の誤記であり、同(10)原告渡辺政吉分、(2) 「四万九千九百二十円」とあるは「三万九千九百二十円」の誤記であり、同(一三)原告笹岡松太郎分、(2) 「九千二百十五円」とあるは「一万三千二百十五円」の、「合計金三万八百十五円」とあるは「合計金三万四千八百十五円」の、各誤記もしくは違算である。このことは、訴状並びに被控訴人ら訴訟代理人が損害額立証のため提出した書証の記載により明らかである。

(五)  原告ら訴訟代理人の援用した証拠中、「原告目崎甚次郎、同小野坂作松、同池田誠一の各本人尋問の結果」は、「証人目崎甚次郎、同小野坂作松、同池田誠一の各証言」の誤りである。(但し目崎甚次郎、池田誠一は右証拠調の後受継により原告となつた。)

第一被控訴人らの主張

(一)  本件発火の原因は、東北配電株式会社配電線路時水支線第三号電柱と第四号電柱との間の高圧線が被控訴人沢中銀吉方裏手西北方にある杉立木(原審検証調書添附現場見取図記載A及びBの立木)と接触発火し、その火花が同被控訴人の居宅の萱葺屋根に飛火して延焼したことに基く。

(二) 延焼の順序は、(1) 被控訴人沢中銀吉方、(2) 同沢中荘平方、(3) 同目崎俊作方、(4) 亡目崎治郎兵衛、亡小野坂権平、被控訴人目崎幸作、同目崎伊吉、同望月政二、同渡辺政吉方、(以上同時延焼)(5) 同目崎升太郎、同笹岡松太郎方、(以上同時延焼)(6) 同沢中助太郎、同沢中倉蔵、亡池田熊吉方、(以上同時延焼)(7) 被控訴人目崎源治方の順である。

(三)  本件火災当時における現場の風向は、北または北西の強風であつて、午後三時頃より南東の強風に変化した。

(四)  本件損害賠償の請求は、民法第七百十五条及び第七百十七条に基きなすものである。すなわち、東北配電株式会社は、その使用人である同会社小千谷電業所長木曽興仁及び同電業所工務係責任者平沢留治らが、同会社の業務を執行するに当り、過失により本件配電線路の修理を等閑に付したため、本件火災を惹起するにいたつたのであるから、民法第七百十五条により、これによる損害を賠償する責に任ずるばかりでなく、その占有かつ所有にかかる配電線路の保存上の瑕疵により本件損害を生ぜしめたものであるから、民法第七百十七条による賠償責件をおうべきは当然である。

(五)  東北配電株式会社は、昭和二十六年五月一日解散し、控訴会社は、同会社がその時において有していた権利義務の一切(但し同会社が特別の意思表示をなしたものを除く。)を承継し、本件損害賠償債務をも承継した。原判決摘示の被控訴人らの請求原因事実中、被告会社とあるはすべて控訴会社の前主東北配電株式会社の誤りであるから、右のとおり訂正する。

(六)  目崎治郎兵衛は昭和二十五年八月十三日死亡し、その妻である被控訴人目崎ツマ、その子である被控訴人目崎甚次郎、同長谷川ツ子、同秋葉ミヨにおいてその遺産相続をなし、また小野坂権平は昭和二十四年一月二十五日死亡し、その妻である被控訴人小野坂スイ、その子である被控訴人小野坂利信においてその遺産相続をなし、また池田熊吉は昭和二十七年七月二十一日死亡し、その子である被控訴人池田誠一、同池田秀雄においてその遺産相続をなし、よつてそれぞれその前主の有していた本件損害賠償債権をその相続分に応じて承継取得した。

(七)  本件火災については「失火ノ責任ニ関スル法律」の適用はない。仮に適用があるとしても、失火者たる東北配電株式会社に重大なる過失があつた。

(八)  被控訴人(その前主を含む)らが当初脱退被告東北配電株式会社に対し別紙被控訴人ら請求金額表の当初請求分欄記載の金額のみを訴求し、控訴会社の訴訟引受後昭和二十七年十二月九日請求を拡張して同拡張請求分欄記載の金額の支払を併せ求め、請求金額の合計は同合計欄記載の金額となつたことは事実であるが、被控訴人らは当初から右拡張部分を含めた全部の損害賠償債権(すなわち右合計欄記載の金額)の一部であることを訴状に明記して訴を提起したのであるから、右訴提起による時効中断の効力は全部に及び、これがため右拡張部分に対する時効が完成するいわれはない。

第二控訴人の主張

(一)  本件火災の原因が被控訴人ら主張のとおりであることは否認する。もつとも本件火災当時被控訴人ら主張の配電線路時水支線が東北配電株式会社の占有かつ所有にかかるものであること、その第三号電柱と第四号電柱との間の高圧線(その電圧は三千三百ボルトであつた。)が昭和二十年十二月、二尺程度の降雪の頃A立木に接触漏電し、雪害とあいまつてA立木の頭部が折損し地上におちたこと、並びに火災当夜、右高圧線がB立木に接触してしきりにスパークしたことは事実であるが、後者は第四号電柱が本件火災により傾斜したためであつてその以前に傾斜の事実がなかつたのであるから、右高圧線とA、B立木との間の距離からみて右高圧線がA、B立木のいずれとも接触するが如きは到底考えられず、いわんや火災当日は西風であり、発火点すなわち被控訴人沢中銀吉方居宅萱葺屋根は、A立木の正南より三十七度余西(すなわち南南西徴西)に、またB立木の正南より二十二度西(すなわち南南西徴南)に、位しているのであるから、仮に右高圧線がA立木またはB立木に接触してスパークをおこす状態にあつたものとしても、そのために生ずる火の粉が飛んで本件火災の原因をなしたものとは到底是認することができない。本件火災の原因はむしろ被控訴人沢中銀吉の娘沢中シズイの失火であると認めるのが相当である。

(二)  本件火災が東北配電株式会社の従業員の過失に基くものであることは否認する。また本件配電線路の保存については何ら瑕疵がなかつた。但し本件火災当時木曽興仁が同会社小千谷電業所長であり、また平沢留治が同電業所工務係責任者であつた事実は認める。

(三)  仮に本件火災が漏電に基く同会社の失火であるとしても、右については「失火ノ責任ニ関スル法律」の適用があるところ、同会社にはその架設にかかる本件配電線路の電線または電柱の瑕疵の修理を怠るような重大な過失はなかつた。本件高圧線がA立木と接触漏電してA立木が焼け切れたことは、何ら通告がなかつたので、昭和二十年十二月同会社の工員阿部和也が現場に出張するまで同会社の知らなかつたところであり、阿部和也は仔細に現場を点検し何ら危険なきことを確めたのであるから、同人に何ら過失あることなく、そのA立木を伐除しなかつたことを目して直ちに重大なる過失があつたということはできない。

(四)  仮に同会社、ひいて控訴会社に本件火災に基く損害賠償責任があるとしても、被控訴人並びにその前主らは、当初右損害賠償債権の一部である別紙被控訴人ら請求金額表当初請求分欄記載の金額並びにこれに対する遅延損害金についてのみ訴求し、その後訴提起の時から三年以上を経過した昭和二十七年十二月九日請求を拡張して同拡張請求分欄記載の金額並びにこれに対する遅延損害金をも併せ訴求したのであるから、訴の提起による時効中断の効力は右拡張部分に及ばず、(大審院昭和四年三月十九日判決民集八巻四号二〇六頁参照)右拡張部分は右拡張の申立当時既に三年の消滅時効完成し消滅していたのであるから、控訴人はここに右時効を援用する。

(五)  東北配電株式会社が昭和二十六年五月一日解散し、同会社が解散当時有していた権利義務は、同会社の特別の意思表示により除外したものを除き、すべて控訴会社においてこれを承継したこと、並びに目崎治郎兵衛、小野坂権平、及び池田熊吉がいずれも被控訴人ら主張の日時に死亡し、その主張の被控訴人らがそれぞれその遺産相続をなした事実は認める。

第三証拠

被控訴人ら訴訟代理人は、原判決摘示の証拠のほか、当審における証人沢中シズイ、沢中富男、平沢甲作、目崎為治、滝沢善三郎、阿部和也、山崎喜一郎、目崎シゲ、五十嵐繁、中山市弥、佐々木モトの各証言、被控訴人沢中銀吉、目崎俊作、沢中倉蔵、沢中助太郎、目崎幸作、沢中荘平、笹岡松太郎、目崎伊吉、目崎源治、望月政二の各本人尋問及び検証の結果を援用し、乙第二号証、第三号証の一、二の成立は不知、同第四、第五号証、第六、第七号証の各一ないし三、第八号証の一、二、第九ないし第十一号証、第十二号証の一ないし十五、第十三ないし第十六号証の成立は認める、と述べ、

控訴代理人は、原判決摘示の証拠のほか、新たに乙第二号証、第三号証の一、二、第四、第五号証、第六、第七号証の各一ないし三、第八号証の一、二、第九ないし第十一号証、第十二号証の一ないし十五、第十三ないし第十六号証を提出し、原審証人滝沢善三郎、阿部和也(第一、二回)、当審証人平沢平治、平沢慶治、平沢留治、滝沢善三郎、風間信治、阿部和也、阿部和吉の各証言、原審証人平沢甲作、目崎為治、当審証人沢中シズイ、沢中富男、山崎喜一郎の各証言の一部、当審における被控訴人目崎俊作の本人尋問の結果の一部及び検証の結果、本件の証拠保全としてなされた新潟地方裁判所長岡支部昭和二十三年(モ)第二〇号証拠保全事件の検証の結果、並びに右検証の際における申立人沢中銀吉の「本件失火の原因は見取図表示の第一電柱と第二電柱との間を走る高圧線と其の略々中間にありたる杉立木(記号〈1〉)との先端の接触により発火したるものなり、又〈2〉点にある杉は本件失火とは直接関係なかりしも、記号〈1〉〈2〉〈4〉と共に当日焼けたるものにして後に切断したるものなり」との陳述及び鑑定人中村源治の鑑定の結果を援用し、なお甲第十七号証の一ないし十七の認否を訂正して不知と述べ、甲第五号証、第十三号証、第十六号証を援用した。

理由

昭和二十一年五月二十一日午後零時三十分頃ないし午後一時頃新潟県小千谷市時水百八十六番地(当時新潟県北魚沼郡城川村大字時水百八十六番地)所在被控訴人沢中銀吉方居宅から出火して近隣の被控訴人沢中荘平、同目崎俊作、同目崎幸作、同目崎伊吉、同望月政二、同渡辺政吉、同目崎升太郎、同笹岡松太郎、同沢中倉蔵、同目崎源治方及び目崎治郎兵衛、小野坂権平、池田熊吉方に延焼し、これらの住宅を全半焼して同日午後三時頃漸く鎮火したことは、当事者間に争ないところである。

被控訴人らは、右火災は漏電により起つたものであると主張し、民法第七百十五条あるいは同法第七百十七条を援用して本訴請求に及んでいるので、まず本件火災の原因を究明し、順次他に及ぶこととする。

第一本件火災の原因。

(一)  成立に争ない甲第二号証の一、二(佐々木モトに対する司法警察官聴取書)同第十二号証(沢中君子に対する司法警察官聴取書)の各供述記載及び原審並びに当審証人沢中シズイ、沢中富男、佐々木モトの証言を綜合すれば、被控訴人沢中銀吉の旧居宅(焼失家屋)で一番最初に燃え出したのは風呂場屋上の萱葺屋根の「ぐし」(屋根棟の上方部分をいう。)であつて、右発火当時屋内には格別異状が認められなかつたことが認められる。さらにくわしくいえば、本件火災当日昼過ぎ、沢中シズイ及び佐々木モトは、外二名と共に被控訴人沢中銀吉方居宅二階の作業場で真綿撚り作業に従事していたところ、東側の窓から異様な煙がはいつて来たので、シズイは階下に降り階下の座敷に居た兄富男と共に炉端、風呂場、裏二階等をしらべてみたが格別かわつたところもなかつたので、シズイ、富男、モトの三名が家の外に出てみたところ、風呂場の上の萱葺屋根のぐしのあたりが二尺ないし三尺四方くすぶつて煙が出ており、見るまに燃えひろがつた、というのがこれらの供述記載並びに証言を綜合した要旨であるが、通常屋内の火事が屋根上に燃えぬけるには相当程度燃えているべき筈であるから、ぐしの燃え出したのは屋内と関係なく燃え出したのであつて、右発火当時屋内には何ら異状がなかつたと認めるのが相当であつて、二階東側の窓から異様な煙がはいつて来たことの故をもつて直ちに屋内が燃えていたとなすべきでない。

(二)  しかもなお、原審並びに当審証人沢中シズイの証言によれば当日被控訴人沢中銀吉方では、午前九時ないし九時三十分頃沢中シズイが粥を煮るため火をたいただけで、その後は全然火の気がなかつた事実が明らかであるので、到底屋内から火事がでたとは認められない。控訴人は、沢中シズイの失火であるというが、原審並びに当審証人平沢慶治の証言、その他控訴人の提出援用にかかるすべての証拠によるも、未だ右失火の事実を認めるに足らない。

(三)  被控訴人沢中銀吉方旧居宅の裏手に原審並びに当審検証調書記載のとおりA立木、B立木その他の杉立木が存在しておりさらにその近くに東北配電株式会社の架設管理にかかる配電線路時水支線第三号電柱及び第四号電柱が存在し、高圧線が架設せられ、右高圧線には三千三百ボルトの高圧電流が通ぜられていたことは、控訴人の認めて争わないところである。そして原審並びに当審における証人阿部和也、滝沢善三郎の証言及び被控訴人(原告)沢中銀吉の供述を綜合すれば、本件火災当日以前昭和二十年十二月頃A立木が右高圧線に接触して火花を散らし、その後も同様のことがたびたびあつて、ついにA立木の梢の部分が焼け焦げて折れたことが認められ、また原審並びに当審証人平沢甲作、目崎為治の証言を綜合すれば、本件火災当日の夜B立木が右高圧線にふれて火花を散らしていた事実を認めることができる。もつともA立木の梢の部分の折損が焼け焦げのみによるか、雪のため折れたのか、また折れさがつていたのか折れ落ちていたのか、また折損の時期いかんは証拠上必ずしも詳らかでなく、また成立に争ない乙第五号証、第十号証、原審並びに当審証人平沢留治、平沢慶治の証言を綜合すれば、B立木の接触発火は、第四号電柱が傾斜したことに基くものであつて、右傾斜は、右電柱から被控訴人沢中銀吉方居宅に取り付けてあつた動力、電燈、各二条の引込線が本件火災により家と共に焼け落ちた際、その力にひかれたことによるもののようであるが、さりとて電柱が強風により傾斜するということもありうることであるので、必ずしも前者のみの原因によるとは保しがたく、ともかくも以上認定の事実よりすれば、A立木またはB立木が条件のいかんによつては高圧線と接触発火することは必ずしもありうべからざることでないとなすを相当とすべく、控訴人は、A立木と高圧線との距離より論じてその接触は不可能であるといつておるが、現にA立木は高圧線と接触発火してその梢の部分を折損しているのであるから、控訴人の所論は条件のいかんを考慮に容れない議論であるというべく、採るに足らない。その他控訴人の提出援用にかかるすべての証拠によるもA立木またはB立木と高圧線との接触発火が絶対に不可能であるとの心証を惹起するに足らない。

(四)  既にA立木またはB立木と高圧線との接触発火が絶対不可能でない以上、風向のいかんによつては接触発火によつて生ずる火花が被控訴人沢中銀吉方居宅萱葺屋根に飛び散り、火災を起すこともまたありうべきことであつて、原審における検証の結果によれば、A立木と発火点すなわち前記ぐしとの間の距離は十三米三十六糎、またB立木と発火点との距離は十二米三十六糎であり、また原審並びに当審証人平沢甲作、目崎為治の証言によれば、本件発火当時の風向は北または北西の強風であつたことが認められるので、かかる条件の下において右延焼は絶対に不可能でないと認めるを相当とする。もつとも成立に争ない乙第四号証(農林省蚕絲試験場小千谷桑園主任の東北電力株式会社新潟支店長宛気象観測成績についてと題する書面)によれば、昭和二十一年五月二十一日すなわち本件火災当日の小千谷桑園における風向は、午前九時頃から午后三時四十五分頃まで終始西の強風であつた事実が認められるけれども、右は小千谷桑園における観測の結果であつてこれをもつて直ちに本件現場に妥当するは相当でなく、被控訴人らの自認する延焼の順序と成立に争ない甲第五号証の見取図記載の各罹災家屋の位置とを対照して風向を考察するも、発火当時の風向が北又は北西の強風であつた事実を否定することができず、かえつて成立に争ない甲第十二号証によれば、発火当時居合せた沢中君子は警察官に対し「当時は大変強い風でありまして巻風の様でした。」と供述しているのであつて、本件現場の如き山を背にした地勢のところにあつては風位は必ずしも一定しているとは限らず、結局するところ、控訴人の提出援用にかかるすべての証拠によるも、前記立木と高圧線との接触発火による被控訴人沢中銀吉方居宅萱葺屋根のぐしえの延焼が風位の関係上絶対に不可能であつたとの心証を惹起するに足らない。

(五)  以上のとおりであつて、本件発火の原因は、被控訴人ら主張のとおり、A立木、またはB立木、またはA立木とB立木の双方と、高圧線とが接触発火し、その火花が本件発火点であるぐしに飛び散り火災を起したものであるとの確証は必ずしも存在しないけれども、既に屋内からの失火であるとの確証なく、また他に出火原因と認むべきものもなく、反対に右接触発火、延焼の可能性あること前認定のとおりである以上、反証なき限り、右接触発火、延焼によるものと推認するを相当とする。原審における鑑定人安藤一弥野の鑑定の結果は右推認を妨げるものでなく、控訴人の援用にかかる本件の証拠保全としてなされた検証の際における申立人沢中銀吉の供述、その他控訴人の提出援用にかかるすべての証拠によるも、ついに右推認を覆すに足るものは一もない。

第二右失火に対する東北配電株式会社の責任の有無。

(一)  本件火災が東北配電株式会社の架設管理にかかる高圧線からする漏電により引きおこされたものと認めるのを相当とすることは、第一において説明したとおりである。そして配電会社が送電のため架設した電路が民法第七百十七条にいわゆる工作物にあたることは論をまたないところであつて、同会社が本件時水支線の占有者であり、また所有者であることは控訴人の認めるところであるので、同会社は、もし右時水支線の設置または保存に瑕疵があるならば、これにより生じた損害を賠償すべき責任あるものというべきである。そしてA立木が昭和二十年十二月頃以降しばしば右時水支線の高圧線に接触発火したことのあるのは前認定のとおりであり、成立に争ない甲第三、第四号証、第十三号証の各供述記載、原審並びに当審における証人阿部和也、滝沢善三郎の証言及び被控訴人(原告)沢中銀吉の供述を綜合すれば、沢中銀吉は同会社の使用人である阿部和也または滝沢善三郎に対し右事実を告げて処置方を依頼したにもかかわらず同会社は何ら右漏電の危険を除去しまたは予防すべき処置をとらなかつたことが認められ、また電気事業法施行規則第六十六条第六十八条第六十九条には電路の管理について詳細規定されているのにかかわらず、成立に争ない乙第九号証(平沢留治に対する司法警察官聴取書)によれば、当時右時水支線を管掌していた同会社小千谷電業所では時水支線の管理について巡廻、見廻り等右規則に定めているようなことは何一つしていなかつたことが明らかであるので、まさに右電路の保存につき瑕疵があつたものというのほかない。

(二)  控訴人は、仮に時水支線の管理につき同会社に瑕疵があつたとしても、重大なる過失がないので、「失火ノ責任ニ関スル法律」により同会社に賠償責任がない、と主張するので、審究するに、民法第七百十七条の場合、「失火ノ責任ニ関スル法律」の適用があるかどうかは議論の存するところであつてこれを肯定するような大審院判決もあるけれども(大審院判決昭和七年四月十一日民事判例集十一巻六〇九頁、同昭和八年五月十六日判例集十二巻一一七八頁参照)、民法第七百十七条の責任は危険な物を占有または所有する者はその結果たる損害について当然に責任を負うべしとするいわゆる危険責任であることにかんがみるときは、「失火ノ責任ニ関スル法律」はこの場合適用がないものと解するを相当とする。仮に適用があるとしても、同会社は、前認定のとおり、再三漏電の危険を除去するよう適当な処置をとるべきことを求められながら、敢えてこれをなさなかつたのであるから、本件電路の保存につき重大な過失があつたものというべく、仮に阿部和也、滝沢善三郎らからその旨同会社当局に申達しなかつたとしても、それがため過失なしということはできないであろう。

(三)  従つて同会社は、民法第七百十七条により、本件漏電により罹災した者らに対し、これによつて生じた損害を賠償すべき責任を負うものというべく、右損害は瑕疵が唯一の原因たることを要しないのであるから、右漏電が電路の瑕疵と適々当日強風が吹きすさんだこととあいまつて生じ、本件火災をひきおこし、その損害を拡大したからといつて、同会社は、これに藉口してその責任を免れることはできないであろう。

(四)  被控訴人らは、民法第七百十七条によるほか、同法第七百十五条により損害の賠償を請求しているが、既に民法第七百十七条による主張が理由がある以上さらに第七百十五条による主張に判断を加える必要がないので、これを省略する。

第三損害の発生及びその範囲について。

(一)  成立に争ない甲第十五号証の一ないし十五、原審証人沢中忠太郎、小野坂作松、目崎甚次郎、池田誠一の証言(証人小野坂作松、目崎甚次郎、池田誠一をそれぞれ原告本人として尋問したのは違法であるけれども、記録によれば、何人も右違法を責問した事績が認められないので、当事者双方共何れも右責問権を放棄したものと認むべく、右違法はこれにより治癒されたものとなすのが相当である。)原審における原告(被控訴人)目崎升太郎、渡辺政吉、沢中由蔵、沢中熊蔵、原審並びに当審における被控訴人(原告)沢中銀吉、沢中倉蔵、目崎幸作、沢中荘平、笹岡松太郎、目崎伊吉、目崎源治、望月政二、目崎俊作、当審における被控訴人沢中助太郎の各本人の供述、及び右証言並びに供述によりその成立を認めうべき甲第十七号証の一ないし十七を総合すれば、前認定にかかる本件火災によりその住宅を焼失した被控訴人ら並びに目崎治郎兵衛、小野坂権平、池田熊吉及び当時被控訴人沢中銀吉方に同居していた被控訴人沢中由蔵、同沢中荘平方に同居していた被控訴人沢中熊蔵は、いずれも本件火災により原判決添附損害額一覧表記載の建物または動産類を喪失し、少くとも別紙第三欄記載の金額(但し目崎治郎兵衛は金十万四千五十円、小野坂権平は金十三万二千百五十円、池田熊吉は金九千二百四十五円)に相当する損害を被つた事実を認めうべく、成立に争ない乙第十二号証の一ないし十五によつては未だ右認定を左右するに足らない。なお、被控訴人沢中荘平、同沢中熊蔵、同目崎俊作、同望月政二、同沢中助太郎は、いずれも右認定金額をこえて、別紙被控訴人ら請求金額表合計欄記載の金額に相当する損害を被つたと主張しているが、これを認むべき証拠がない。

(二)  そして目崎治郎兵衛は昭和二十五年八月十三日死亡し、その妻である被控訴人目崎ツマ、その子である被控訴人目崎甚次郎、同長谷川ツ子、同秋葉ミヨにおいてその遺産相続をなし、また小野坂権平は昭和二十四年一月二十五日死亡し、その妻である被控訴人小野坂スイ、その子である被控訴人小野坂利信においてその遺産相続をなし、また池田熊吉は昭和二十七年七月二十一日死亡し、その子である被控訴人池田誠一、同池田秀雄においてその遺産相続をなしたことは、当事者間に争ないところであるので、右相続人たる被控訴人らは、右相続によりそれぞれその前主の有していた本件損害賠償債権をその相続分に応じて承継取得したものというべく、その額は右相続とともにその相続分に応じて分割せられるため、別紙第三欄の該当記載金額(円未満切捨)となつたものというべきである。

(三)  しかして他面、東北配電株式会社は、昭和二十六年五月一日解散し、控訴会社は、同会社がその時において有していた権利義務の一切(但し同会社が特別の意思表示をなしたものを除く。)を承継したことは、当事者間に争なく、本件損害賠償債務につき同会社が特別に留保の意思表示をしたことは控訴人の毫も主張しないところであるので、控訴会社はこの時において本件損害賠償債務を承継したものと認むべきである。

第四時効の抗弁について。

控訴人は、本件損害賠償請求訴訟において、被控訴人並びにその前主らは、当初その一部のみを訴求し、その後訴提起の時から三年以上を経過した昭和二十七年十二月九日請求を拡張したのであつて、右拡張部分は時効により消滅した、と主張し、右一部請求並びに請求の拡張の事実は被控訴人らの認めるところであるばかりでなく、記録によりても明らかなところである。しかしながら、このような場合、右拡張部分に対する時効中断は拡張申立の時から効力を生ずるのであつて、債権の一部についての当初の訴提起の効力は常に右拡張部分に及ばないとなすのはいささか早計であつて、ひとしく一部の請求というも、当初からその一部が特定している場合と、たとい分量的には一個の債権の一部というように定額をもつて表示されていたとしてもどの一部であるか毫も特定されていない場合と区別して考うべきである。前の場合には、審判の対象たる訴訟物の範囲もこの部分に局限され、訴訟係属の効果や既判力も他の部分に及ばないのであるから、右一部についての訴訟係属中請求を拡張して他の部分を請求したからといつて、その部分に対する時効中断は申立拡張の時から効力を生ずることはいうまでもないところである。しかし後の場合は一個の債権のどの一部であるかわからないのである。このような場合、たとい相手方が右一部に相当する額の弁済をなしたと主張したからといつて、債権全部が右弁済により消滅していない以上、右弁済は現に訴求している部分に対してなされたということができないのであるから、裁判所は、右弁済の抗弁を採用して原告の請求を棄却することはできないのである。言葉を換えていえば、このような場合はかたちは一部の金額を請求する訴訟のようであるが、その実一個の債権全部を訴訟物とするものであつて、訴訟係属の効果も判決の既判力もその債権全部について生ずるのである。従つて一定の請求原因に基き一定の金額を訴求した場合にも、最初から当該債権が主張されているのであるから、消滅時効中断の効力も起訴の時に債権全部について生じ、原告が訴訟係属中に請求を拡張して残余部分を訴求したからといつてこの部分が訴訟係属中に時効により消滅するということはありえないのである。控訴人の援用にかかる大審院判決はこの両者を区別していないので適切でないといわなければならぬ。しかして本件において被控訴人並びにその前王らは、当初単にその主張の損害額の一割に相当する金額を訴求したに止まり、家屋焼失による損害とか動産焼失による損害とかいうふうに、毫も区別特定していないのである。しかも当初から全体の損害額を主張し、その一部につき権利を行使する旨明示しているのである。すなわち、本件は後者の場合にあたるものであることが明瞭であるので、控訴人主張の拡張部分に対する時効は当初の訴提起により中断せられ、未だ完成しないものとなすのが相当である。

よつて控訴人の時効の抗弁は理由なしとして排斥する。

第五結論。

果して然らば、控訴人は被控訴人らに対してそれぞれ別紙第三欄記載の金額を支払うべき義務あり、ただこれに対する遅延損害金については、不法行為の時から当然に遅滞に陥ることなく、矢張履行の請求をまつてはじめて遅滞に陥るものと解するを相当とするをもつて、(大審院大正十五年一月二十六日判決民事判例集五巻七一頁参照)別紙第三欄記載の金額中、第一欄記載の金額については訴状送達の翌日である昭和二十三年十一月十四日から、また第二欄記載の金額については請求の趣旨拡張申立の日の翌日である昭和二十七年十二月十日から、それぞれ完済まで年五分の遅延損害金を附加して支払うべく、被控訴人らの本訴請求はこの限度において正当として認容すべきも、その余は失当として棄却すべきである。

しからば原判決は、ここになすべき判決と一部符合しないので、この限度において変更すべく、よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条第八十九条第九十二条、仮執行の宣言について同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決した。

(裁判長判事 大江保直 判事 草間英一 判事 猪俣幸一)

(別紙)〈省略〉

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